「夢中になれる選手を育てたい」
——元Jリーガー・高部聖が語る、FCアラセリオの育成とメンタルトレーニングの導入背景
山梨県を拠点とする育成年代のクラブ、FCアラセリオ。その代表兼監督を務めるのが、元Jリーガーの高部聖(たかべ・あきら)さんだ。現在、クラブは中学1年生から3年生まで約60名が在籍し、トップチームは県一部リーグ、Bチームは県二部リーグに所属する。
今回のインタビューでは、アラセリオの育成方針、選手への想い、そしてメンタルトレーニング導入の背景について、高部さんに話を伺った。
育成のキーワードは「夢中になること」
「目標を持ち、それに夢中になって取り組むことが何より大事だと思っています」
高部さんが育成で最も重視するのは、「主体性」と「熱中」。ただサッカーを楽しむだけでなく、自ら目標を設定し、その達成に向かって夢中で行動する選手を育てたいと話す。
「子どもたちは優しいし、素直。ただ、自信がない子も多い印象です。だからこそ、夢中になれる環境を提供したい。携帯や友達との時間も大事だけど、“本気”でサッカーに向き合うことで得られる経験は大きい。僕の中での“楽しむ”っていうのは、夢中になることなんです」
自身の経験が指導の原点に
現役時代、高部さんもサッカーと向き合えない時期があったという。
「もっと早く、サッカーを“楽しむ”という感覚に気づいていればよかったなと思います。その後、大学で自分の意思で努力し始めてから、一気に成長できた。だからこそ、選手たちにはなるべく早く、自分の足で立てるような経験をしてほしい」
東洋大学時代は自由な環境で、仲間と切磋琢磨しながら自発的に努力を続けた。その結果、Jリーグへの道を切り開いた。
「やらされる努力じゃなくて、自分からやる努力。これが大きな違い。指導者としても、それを伝えていきたい」
メンタルトレーニングを導入した理由
「自分がうまくいかなかった経験、そこから立ち直るためにどうすればいいか、そういうことを中学生のうちに学べたら、選手の可能性はもっと広がると思ったんです」
約2年前、FCアラセリオでは定期的にメンタルトレーニングを導入した。きっかけは高部さん自身の選手時代の実感。そして、現代の選手たちが「目標の立て方」や「その達成の仕方」を知らないことへの課題意識だった。
「僕もメンタルの大切さは感じてたけど、うまく言語化できなかった。だから、信頼できる専門家にお願いした方が、よりスムーズに子どもたちに届くと考えました」
外部の専門家によるメンタルサポートは、選手にとっても新鮮な刺激となっているという。
「保護者やコーチからの言葉って、日常になりすぎてしまう。だからこそ、外部からの言葉が“違う角度”で響くんです」
変化が見えてきた選手たち
定期的に開催されるメンタルトレーニングでは、選手たちの反応にも少しずつ変化が出てきている。
「ミスのあとにすぐに切り替えられる選手が増えてきたし、仲間への声かけも自然にできるようになってきた。講義で学んだ言葉が、選手の口から出てくるのは嬉しいですね」
また、「自分で考えて行動できる選手になってほしい」という育成方針とも、メンタルトレーニングはしっかりつながっているという。
「周りの目を気にして自分の夢を諦めるなんて、もったいない。だから、他人じゃなくて“自分”に矢印を向ける力を育てたい」
理不尽が育てたものと、今求められる指導
インタビュー後半では、時代の変化についても話が及んだ。
「僕らの時代は、正直“理不尽”が当たり前。でも、その中で耐えたり、工夫したり、自分で答えを見つける力が育ったと思う。今の時代は違うけど、その“中身”は別の形で伝えられるんじゃないかと考えてます」
高部さんは、「ただ厳しくする」のではなく、「自ら気づき、行動し、乗り越える経験をさせる」ことの重要性を強調する。
「失敗しても、何度でも挑戦して、自分で立ち上がれる。それが本当の強さ。そういう力を育てたい」
FCアラセリオが目指す未来
チームとして、全国大会出場やタイトルを目指す目標もあるが、それ以上に「子どもたちにとって、サッカーが楽しく、成長できる場所」であることを大切にしている。
「サッカーだけじゃなくて、人間として成長できるクラブでありたい。そういう場所を、ずっと続けていきたいんです」
高部聖のまなざしは、選手たちの未来を静かに、けれど力強く見据えていた。