横浜市港北区を拠点に活動するサッカークラブ「エストレーラFC」。幼児から中学生まで、約260名の選手たちが在籍し、日々トレーニングに励んでいます。チームの指導を行うのは、プロとしての経験を持つコーチ陣。単なる技術指導にとどまらず、選手一人ひとりの人間的な成長にも深く関わりながら育成を行っていることが、エストレーラFCの大きな特徴です。
今回は、クラブ代表である奥村さんと、現場で選手に最も近い距離で接する菅野コーチに、クラブの設立経緯や指導にかける思い、さらにはメンタルトレーニングの導入背景とその効果についてじっくりとお話を伺いました。
クラブ設立の原点にある「人と接する仕事がしたい」という思い
奥村さんがエストレーラFCを立ち上げたのは2001年。もともと理系の大学で学び、コンピューターの設計業務に携わる企業に就職しましたが、「このままでいいのか」「もっと人と直接関わる仕事がしたい」という思いが強まり、教育やスポーツの道に進むことを決意したといいます。
「大学時代に家庭的な塾でアルバイトをしていた経験もあり、教育分野への関心はもともとありました。そして、自分が中高で打ち込んできたサッカーを通して、子どもたちの成長に関わることができたらと。そんな思いから、一度会社を辞めて、選手をブラジルへ送り出す活動を始めたのが最初のステップです」
その後、各年代に応じた指導の必要性を感じた奥村さんは、ジュニア世代の指導に軸足を移し、現在のエストレーラFCを設立。20年以上にわたり、地域に根ざした育成を実践しています。
Jリーガーから指導者へ、菅野コーチのもう一つの夢
一方、現場で中学生を中心に指導しているのが、元Jリーガーの菅野さん。実は高校生の頃から「体育の先生になりたい」という夢を持っており、一度は日体大に進学する道も決まっていたといいます。
「トップ昇格が叶わなかったことで、指導者の道を本気で考え始めました。でもその後、ご縁があってもう一度チャレンジしようと決意し、プロの世界へ進むことができました。プロ生活が一区切りついたときに、今度こそ指導者として、後輩たちに伝える立場になりたいと強く思いました」
町田ゼルビアのアカデミーコーチを経て、法政大学の学生たちの指導にも関わった後、現在はエストレーラFCで中学生年代の育成に携わっています。
サッカーだけじゃない。育成に込めた“人間力”という視点
エストレーラFCでは、選手たちの人間的成長を何よりも重視しています。その一例が、栄養指導や交通安全教室、地域清掃活動などの取り組み。中学生には年3回、保護者と共に参加する栄養講習会が行われ、プロテインや果物を練習後に提供する仕組みもあります。また、夏には血液検査も実施され、成長期のタイミングを見極めた指導が可能になっています。
「体格や体力の差だけでなく、精神的にも不安定になりやすい年代。だからこそ、食事や生活の基盤を整えることは非常に大切です」と菅野コーチ。
さらに、地域との関わりも大切にしており、夏祭りやフェスティバルなど、サッカー以外の行事を通じて仲間との絆や社会性も育まれているのです。
メンタルトレーニング導入の背景と、ピッチでの変化
メンタルトレーニングを導入した背景には、「サッカーだけでは届かない部分へのアプローチをしたい」という思いがありました。現場での声かけや励ましだけでは補えない心の課題に、専門的な知見を取り入れることで、選手のパフォーマンスにも変化が現れています。
「特に“自信の作り方”や“緊張との向き合い方”は試合前に活かされやすい。選手が『昨日のトレーニングで言われたこと、今ここで活かせるよね』と自分でリンクさせる場面が増えてきました」
メンタルトレーニングが、グラウンドと日常の架け橋になることで、選手たちの行動や思考にもポジティブな変化が生まれているといいます。
「継続する力」と「応援される人間」に
菅野コーチが選手たちに一貫して伝えているのは、「継続する力」と「応援される人間になろう」ということ。
「中学生の頃って、成長の早い子が目立って評価されがち。でも、大事なのは今じゃない。高校や大学で逆転する子なんてたくさんいます。今は結果が出なくても、やり続ければできるようになる。そこを信じてほしい」
また、自らの経験をもとに「人に応援される選手であれ」とも語ります。サッカーだけではなく、社会に出てからも人との関係性が大きな力になるという思いが込められています。
指導の先にある、“生きる力”を育てること
奥村さんが大切にしているのは、仏教的な視点も含んだ「他者を思いやる心」。
「人は誰かのために生きることで、自分の居場所や役割に気づいていく。サッカーを通して、子どもたちがそんな経験をしてくれたらと思います」
チームのコンセプトは「個性を活かし、チャレンジできる選手の育成」。それぞれの“得意”を伸ばし、それをチームで活かすことで協力や相互理解が生まれていく。エストレーラFCの育成は、そんな循環を丁寧に作り上げています。
「サッカーを通じて、自分を信じてほしい」
奥村さんは最後に、本田宗一郎氏の言葉「得手に帆をあげよ」を引用しながらこう語ってくれました。
「自分の得意なことを一生懸命頑張れば、必ず前に進んでいける。まずはサッカーに一生懸命向き合って、努力することの意味を知ってほしい」
菅野コーチもこう締めくくります。
「できないことがあるのは当たり前。そこに落ち込まず、やり続けていくことで必ずできるようになる。その過程にある“楽しさ”を大事にしてほしいですね」
エストレーラFCが大切にしているのは、“勝つ”ためのサッカーだけではありません。子どもたちが人生を前向きに生きていくための「力」を育てる場。それがこのクラブの本質であり、真の魅力なのだと感じました。