【INTERVIEW】「怪我と闘いながら、自分らしく走るために必要だった“メンタル”の力」全日本モトクロス王者・富田俊樹

    「辞めよう」と思った20歳。そこから始まった“本当の自分との向き合い”

モトクロスという競技をご存じだろうか?
オフロードバイクを使って未舗装のコースを疾走するこの競技は、モータースポーツの中でも特にダイナミックかつ過酷な種目だ。

今回話を聞いたのは、全日本モトクロスで長年トップを走り続けた富田俊樹さん。15歳で国内最高峰の舞台にデビューし、IA2クラスで2回、IA1で1回のチャンピオンを獲得。アメリカの本場でも腕を磨き、2023年に現役を引退した。

彼が語ってくれたのは、激しい怪我と闘いながら、自分自身を深く見つめてきたリアルな競技人生、そして“メンタル”の重要性だった。


怪我とともに駆け抜けた17年。そこにあった「走り続ける理由」

「自分で数えてみたら、手術は18回でした」

富田さんは淡々と話す。両膝・両大腿骨・両腕・内臓…想像を絶する負傷歴を抱えながらも、彼はなぜそこまで走り続けられたのか。

「正直、20歳の時に一度“もう辞めよう”と思いました。でもそこから考え方を変えたんです。“無理をしない”。それまで気合と根性で走っていたけど、そこから冷静に自分の身体や感情、走りを見つめていくようになりました」

競技人生の後半、彼の走りは変わっていった。「どうしたら疲れないか」「どうすれば冷静に判断できるか」——自己分析を重ねる中で、彼は“自分の走り方”をつかんでいった。


海外で知った「差」と日本の課題

アメリカにも4年間挑戦した。スーパークロスという環境で、技術・見せ方・観客との距離感すべてが日本と違ったという。

「向こうは競技としてだけじゃなく“エンタメ”としての完成度が高い。日本は自然の地形を活かしたコースが多くて、それも良さだけど、見せ方にはまだ課題があると思います」

「もっと日本の文化に合った伝え方があっていい。子どもたちにも夢を届ける存在であってほしいんです」


「メンタルなんていらない」と思っていた自分が、変わった瞬間

ヤマハに所属していた29歳の時、富田さんは43Labのメンタルスキルトレーニングを導入することになる。

「最初は半信半疑でした。“また本に書いてあるようなことだろう”と。でも実際に清水さん(43Lab代表・メンタルスキルコーチ)と話したときに、自分の性格や特性を“根本から理解しようとしてくれた”のが、初めてだったんです」

特に印象に残ったのは、「スタートで1位を取ったとき、どれくらいの“タイムの貯金”が欲しいか?」という問い。

「“あればあるほどいい”と答えたら、“じゃあ永遠に満足できないよね?”って言われて。自分の“性格”と“レース感覚”がつながった瞬間でした」

そこから、心理的プレッシャーをコントロールするための“事前準備”や“ルーティンの見直し”、試合中の“リカバリー思考”の構築など、学びは多岐に渡った。

「自分の思考や感情を“言語化”してもらったことが、自分でも整理するきっかけになりました。特に試合中にミスした時、『どうリカバリーするか』が明確になっていて、焦らずに“次の一手”を考えられるようになったんです」

試合中だけではなく、練習の質も大きく変わった。

「“自分が今、どんな状態か”を自覚できるようになってから、無駄な焦りや無理な追い込みが減りました。良い意味で、力が抜けて“結果につながる努力”に集中できるようになりました」

「メンタルの影響は5%くらいだと思ってた。でも今は、50%以上あると思ってます。パフォーマンスを出せるかどうかは、最終的にメンタル次第なんだって」


「チャレンジし続ける」生き方を、これからも

引退後は、レースとは違う世界にも飛び込んでいる。

「バイトも履歴書も面接も初めて。レースを辞めてすぐで、時給1000円のバイトにプライドが邪魔した時期もありました。でも、“これが世の中だ”と思えてからは、少しずつ“斜めの視点”で世界が見えるようになったんです」

現在は奥様とともにピラティススタジオを立ち上げ、地域に根ざした新たな挑戦を始めている。


「失敗しても大丈夫」。未来を目指す子どもたちへ

最後に、これからプロを目指す子どもたちにメッセージをもらった。

「チャレンジして、失敗しても大丈夫。ジャンプするには、1回しゃがまなきゃいけない。失敗や悔しい思いは、全部が力になる。僕はそうやって何度も怪我して、それでも戻ってこられた。だから、恐れずにやってみてほしいですね」

富田さんは、結果よりも“プロセス”の大切さを強調する。

「たとえば、大会で優勝できなかったとしても、それまでに頑張ってきた日々、努力してきた積み重ね——それは全部“無駄じゃない”。

それは確実に“自分の力”になるから。だから、諦めないでほしい。

“勝つこと”だけじゃなくて、“自分にとって納得のいく努力”ができていたかどうか。それを大切にしてほしいなと思います」

“今うまくいっていない”と感じている子がいたとしても、それは“伸びしろがある”ということ。

「人と比べすぎずに、自分の成長を信じて進んでほしい。“自分を信じてくれる人”がいれば、それは大きな力になる。僕にとっては、それが家族であり、トレーナーであり、チームメイトだったように」


モトクロスを通して、人生を駆け抜けてきた富田俊樹さん。
その言葉からは、“勝つこと”ではなく、“自分らしく走ること”の意味が強く伝わってきた。

 

富田俊樹

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